徳島地方裁判所 昭和24年(行)30号 判決
原告 広瀬政一
被告 板西町農業委員会
一、主 文
原告の買収計画取消処分の取消を求める訴につき原告の請求を棄却し、その余の訴につき原告の訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「別紙目録記載の宅地につき、被告が昭和二十七年六月六日なした買収計画取消処分並びに宅地買収申請却下処分は孰れもこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として別紙目録記載の宅地(以下単に宅地と略す)は訴外原田広子の所有であるが原告は右宅地をその前所有者奥尾市太郎の所有当時の昭和十五年九月頃より期間の定めなく賃借し、右宅地上に木造瓦葺中二階平屋建居宅一棟建坪二十坪を所有してこれに居住していたところ今次の農地制度改革により従来の自作地と合せて田一反、畑三反一畝十六歩を耕作することゝなつたのであるが本件宅地の賃料は年二季に米麦各五斗の高価不当のものである上に、屡々立退きを要求されるので、かくては前記農地を耕作して自作農を経営して行く上において支障を来すので、原告は昭和二十四年三月十日附にて被告板西町農業委員会(当時は農地委員会以下単に委員会と略す)に対し自作農創設特別措置法(以下自創法と略す)第十五条所定の農業用施設として右宅地の買収申請をなしたところ、被告委員会はこれを相当として同年四月二十三日買収承認の決議をなし右宅地の買収計画を樹てたが、右宅地所有者である前記原田広子はこれに対して被告委員会に異議の申立をなしたので、同年五月十四日被告委員会は右申立を容れ、右買収計画取消の決定及び原告の買収申請却下の決定をなし、原告は昭和二十七年六月六日頃被告よりその通知を受けた。然し右原田は前記異議申立当時既に本件宅地に隣接するその所有土地に家屋を建築済にして七、八十坪の菜園をも有していたにも拘らず、被告委員会はこの実情を何等調査せず右事実と全く相反する虚偽の申立理由を漫然措信し前記各処分をなすに至つたもので、右処分は自創法の根本精神に反する不当違法な処分であるからこれが取消を求めるため本訴請求に及んだ次第であると述べ、被告主張事実に対し被告主張の調停案を承認したことはない。仮に承認したとしても要素の錯誤に基く意思表示であるから無効にして延いては本件行政処分も亦無効である。仮に調停案が有効としても、本件行政処分は調停案を条件とする条件附行政処分にして違法であると述べた。(立証省略)
被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その答弁として原告主張事実中、原告が訴外原田広子所有の別紙目録記載の宅地をその前所有者奥尾市太郎所有当時賃貸借したこと、原告が被告委員会に対し右宅地を農業用施設として買収申請をなし、被告委員会において買収計画を樹立したこと及び右原田広子より異議申立があつた結果原告主張の日に被告委員会が買収計画取消の決定をなしその主張の日に原告に右決定の通知がなされたことは認めるもその余の事実はすべて否認する。被告委員会において原告主張のような宅地買収申請却下の処分はしていない。抑々自創法第十五条の規定に基く買収は賃借人の買受希望の申請により買収が開始されるものであるが本件において被告委員会は原告の宅地買収申請に基き一度買収計画を樹立したが(尤も申請を相当と認めるか否かの審議について所有者の立場を全然勘案していない点がある)訴外原田広子の異議申立についての審議の途上において小休の際訴外板西町長根来範平の斡旋により(一)原告は根来町長の二ケ年の在職中に原告主張の建物を他に立退くべきこと、(二)異議申立人は簡易裁判所への右家屋収去土地明渡の訴を取下げることゝする調停が成立し、同席していた原告及び右広瀬もこれを承諾し、申請人において自創法第十五条の買受希望の意思表示を撤回したので(調停の内容より明白である)被告は右買収計画取消の決定をなしたものである。自創法第十五条の買収は申請主義による認定買収であり、その買収計画は異議申立の決定、訴願の裁決によつて確定するものであるからその確定に至る迄の間であれば買受資格の有無に拘らず買収申請人の買受の意思の撤回があれば被告において買収計画を取消すことは何等違法又は無効ではないと述べた。(立証省略)
三、理 由
別紙目録記載の宅地(以下単に宅地と略す)が訴外原田広子の所有であること、原告が右宅地をその前所有者奥尾市太郎の所有当時賃借したこと、原告が被告委員会に対し右宅地を農業用施設として買収申請をなし、被告において右宅地の買収計画を樹立したところ、訴外原田広子より被告に対し異議の申立があつた結果、被告委員会において昭和二十四年五月十四日右買収計画取消の決定をなし、同二十七年六月六日頃原告がその通知を受けたことは当事者間に争がない。
よつて先ず原告の本訴請求中、被告委員会のなした買収計画取消決定の取消を求める訴について按ずるに、成立に争のない甲第一号証並びに証人根来範平、尾上佐一、高橋安義、小倉巖の各証言を綜合すると、被告委員会は訴外原田より異議申立のあつた結果昭和二十四年五月十四日これについて審議の際、被告委員会の参与として同席していた板西町長根来範平がこれが斡旋の労をとり、調停案として(一)原告は同町長の二ケ年間の在職任期中に係争地上の原告所有建物を他へ立退くこと、(二)異議申立人は簡易裁判所への右家屋収去の訴を取下げることの二項を同席していた原告及び右原田に示したところその承諾を得たので、ここに本件宅地に関する原告及び原田間の紛争の調停が成立し、被告委員会も亦右調停条項の成立を認めて更に原告及び原田の承認を確認したので、被告委員会は曩になした買収承認決議を取消す旨の決議(右決議は後記の如く原告において買収申請を撤回したものと認められるから買収計画取消の決定と看るを相当とする)をなしたものであることを認めることができる。右認定に反する原告本人尋問の結果は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠は存しない。而して右認定の事実に弁論の全趣旨を綜合すると、原告の本件宅地買収申請は前記調停成立の際、撤回されたものと認めるを相当とする。凡そ自創法第十五条所定の宅地買収は同法所定の自作農創設の目的をもつてする農地買収に附随して行われ、その買収も職権買収主義を採らず専ら買収の申請をなす権利を有するものの申請を俟つてはじめてこれをなし得る所謂申請買収主義を採つているから一度買収の申請をなした後でも買収令書が交付され、右申請に基く買収手続が完了するまでの間右申請を撤回することができるものと解すべきであるから右申請の撤回のあつた場合結局宅地買収をなすことができず宅地買収計画樹立後であればこれを取消さねばならない。このように解すると本件において被告委員会が異議申立の審議の途上において買収申請の撤回があつたので異議申立について審議をせず、直ちに宅地買収計画取消の決定をなしたことは相当と謂わねばならない。
原告は前記調停案の承認は要素の錯誤に基く意思表示であるから無効にして、延いては本件行政処分も無効であると主張するが、原告の全立証を以てするも意思表示の要素に錯誤があつたことを認めることができないから原告の右主張を採用することはできない。
又原告は本件行政処分は条件附のものであるから無効であると主張し、前顕甲第一号証において調停案を条件として取消す旨の記載があるけれども前記認定のように被告は原告の買収申請の撤回により買収計画を取消したもので何等条件附の行政処分ではないから右主張も亦採用することができない。
次に買収申請却下処分の取消の訴の適否について考えるに前記認定のように原告は調停の成立と共に買収申請を撤回したものであつて被告委員会が申請却下の決定をなしたことを認めるべき証拠がなく従つて右訴については訴訟の対象となるべき行政処分が存在しないから不適法のものと謂うべきである。
以上の次第で原告の本訴中買収計画取消決定の取消を求める請求はその理由がないからこれを棄却し、買収申請却下決定の取消を求める訴は不適法としてこれを却下することゝし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 今谷健一 小川豪 尾鼻輝次)
(目録省略)